2007.02.09までのメッセージ

幹事 西君からメールをいただきましたので紹介させていただきます。
 昨夜横幕君から電話をいただきました、ありがとうございます。
同窓会の件、いろいろ計画されたり手配等ご苦労様です。
忙しさに取り紛れて参加できなくなってしまって申し訳ないです。たくさんの出席者だそうで楽しみですね、みなさんと一緒に楽しんで良い時をすごしてください。

 私はまだ仕事に精を出しています。まだ10年は頑張らなくては…としがみ付いています。来年には新しい仕事を起こしたいと計画を始めました。今のも次のも小さい規模ですが巡り合わせです。2007年2月9日 (金) 16時26分
横幕 いよいよ 同窓会は 明後日ですね!楽しみです。
同窓会の返信のない方に ご迷惑だと思いながら 電話してみました。
1.竹内義宣君:母親の看護のため 出席できない。皆様によろしく。
2.竹田泰三君:奥様から、高知大学医学部に勤務ですが、毎日22時頃まで仕事で、参加できないでしょう。来年退官予定で 大阪に帰る予定。 楽しみです。
3.西真吾君:この日忙しく、出席でない。皆様によろしく。
4.藤井毅君:親の介護で、出席できない。農林省森林研究所を60歳で退職。現在版画制作している。
5.山本久臣君:訃報 3年前ガンで亡くなられていました。ご冥福をお祈りいたします。
6.黒田稔、中村光憲君:電話通じず。お知りの方 幹事までご連絡頂ければ幸甚です。2007年2月8日 (木) 20時52分
カッパ 幹事さん、お世話様です。 とても立派なホームページができましたね。
平岡さんのガンバリのお陰かな?
写真がまた懐かしい。18年も経つと老けるなあー。
 写っていないのもある。毎回出席してるつもりでいたけど、呆けてるなあー。10日の再開を楽しみにしています。2007年2月8日 (木) 11時57分
幹事 清川さんからメールをいただきましたので紹介させていただきます。
ご無沙汰しております。清川です。竹林さんからのお便りをありがとうございました。でも、今はお元気そうで一安心です。  
 この度は、クラス会の幹事ご苦労様です。一組のホームページも、とても素晴らしく作って頂き感謝しております。
川畑君の訃報も知り残念でなりません。40数年前の笑顔が思い出されます。
 こちらでは、上野さんと森下さんとは頻繁に会っております。健康問題やいろいろな悩みなど、話し合うと解決の糸口が見えてきます。やはり、幼馴染は良いものです。
 今回、クラス会は欠席ですが、どうぞ皆様によろしくお伝えください。心より盛会をお祈りしております。そして又、ネットで楽しい様子を知らせて下さいませ。2007年2月7日 (水) 19時41分
ないっこ みなさん お久しぶりです。 東京勢が来られない上に、池さんまで来ないなんてぜんぜん面白くないよ。それぞれ お忙しいですか。サプライズで来てくれてもOKよ。
今回は倉田さんが一切面倒見てくださったので、私は何もしていません。
 竹林さんが心臓の手術をされたとか。これからは身体のどこがいつ故障してもおかしくない年代ですよね。みんなしつこく前向きに生きましょう。
速水さんとか、森下さんとかはメールしないのですか アドレス持ってたら教えてください。
 私は働く女として毎日結構いい加減な勤めをし、6年になります。
家を人任せにすると気は楽ですが、家の中がちゃんとできなくてこれもいらいら、先日思い切ってきれいにしましたが、まだ半分は倉庫です。
4人の子供たちはすでにかたづき、孫は中1から1歳まで7人、まだふえそうで、おばあちゃん業も楽じゃないですね。
みなさん、近況を教えて。2007年2月6日 (火) 14時08分
幹事 芹生(森下)さんからメールをいただきましたので紹介させていただきます。
 御返事が遅れて申し訳ありません。皆さまにお会いしてお話しできればどんなに楽しい事かと思いつつ、日程が厳しくて失礼させていただきます。私の行っている教会の運営が民主的に運営されるように、微力ながら頑張っているところです。95歳の母を訪ねたり、海外で生まれた孫に始めて会いに行く予定がありますので忙しくしております。酒井先生とクラスの皆さまがこれからも元気でいてくださるようにと祈ります。中島さん、西崎さんには良くお目にかかります。追手門の良き友達です。2007年2月6日 (火) 10時01分
幹事 訃報です。川畑君が2004年に亡くなられていました。 同窓会の出欠ハガキの返事を頂いていない方に電話連絡をしていますが、豊中市の川畑君自宅に電話したところ、奥様から「今から3年前の11月に、膵臓ガンで亡くなった」と伺いました。亡くなられたらしいということは加茂野君から、妹さんからの話として聞いていましたが、もしそうならご遺族から連絡をいただけるだろうと、返事ハガキを待っていた次第です。ご冥福をお祈りしたいと思います。
 同窓会の折に、加茂野君から彼の生前の話を聞かせていただくと有り難いです。2007年4月21日 (土)
幹事 あと6日後に迫りました同窓会に参加いただける方は最後に連絡を頂いた阿部君を含めて22名です。欠席の連絡をいただいたのは17名です。
 連絡先不明の伊東君はインターネット検索で情報があると出羽君より教えて頂き、今そのつてで、連絡を試みています。岡君については情報がありません。
 今日、会場の大東洋に参加人数を連絡しますが、状況が変わって出欠の変更がありましたら、幹事までご連絡下さい。天然温泉サウナの「萬の湯」に入られる方は12時以降に、おいで下さい。会合は午後5時ジャストに開会しますので早めにお集まり下さい。幹事は午後3時から4時にかけて会場入口でご案内します。2007年2月4日 (日) 10時36分
倉田維晴 先ほど、雪本博義君から写真をメールで送って頂き、ハガキからスキャナで読み込んだ写真ファイルと差し替えました。64歳にもなると、その顔にその人の人生が映し出されている、そんな感慨をもちました。皆さんも、旅行での写真や、お孫さんとの写真などをメールで送って頂けますと「会員の近況写真など」のリンクに掲載できます。私も写真を探してアップしてみます。
今、電話で,仲(竹林)さんより古川(皆川)さんと共に出席できると連絡を頂きました。2007年1月30日 (火) 22時18分
幹事 メッセージを紹介させて頂きます。(敬称略) 雪本博義:幹事さんご苦労さんです。お手数かけます。出席させていただこうと思っておりましたが、他用もあり、又、翌日に次女の結納も控えており、残念ですが、欠席させていただきます。
 私、大学卒業後、家業(毛布製造)を6年間手伝いましたが、サラリーマン生活のほうが気楽かなあと思う面もあり、又お誘いもあり、30年間、金融機関に勤め、無事、定年退職しました。子供は27歳の長男(独身)を含め3人です。私、今は、ただ、付き合いゴルフに行くこと、旅行、ドライブ、パソコンなどで暇をつぶしている状況です。今回お会いできませんので近況報告も兼ね、写真も付けて見ました。当時、目立たず、存在すら忘れられていたかもしれませんし、この写真には当時の面影が少しも残っていないかもしれませんが私を少しでも思い出していただければ幸いです。又、どこかでお会いしましたら声をかけてやってください。
 ホームページでの参加者の皆さんの写真、たのしみにしています。皆様によろしく。盛会を祈っています。2007年1月30日 (火) 21時41分
幹事 今日までに、さらに井尻(畑田)、山崎、竹野の3人の方の出席の連絡を頂きました。雪本博義君から写真付きのハガキを頂きました。会員の紹介のリンクを作ってそこへ写真を紹介させて頂きます。2007年1月30日 (火) 17時28分
幹事 昨日と今日3人の方の出席の連絡を受けました。
青山、巽、畑埜の3氏です。現在16人の参加、11人の不参加の連絡を受けています。2007年1月24日 (水) 19時16分
幹事 今日、井上、倉田佳明両氏からご出席の連絡を頂きました。メッセージを紹介します。(敬称略)

井上:幹事さんご苦労さんです。小生、停年なしの人生で頑張っています。今年で孫4人になります。好々爺になりました。

平:幹事さん、ほんとうにありがとうございます。盛会を祈ります。速水・清川・阿部・巽・井上・多田はじめ諸姉兄によろしく。

中野:昨年末より体調を崩しまして入院しております。皆様によろしく。(中野君は和泉市で内科クリニックを開業しておられます・・倉田注)

松居君の現住所が誤記入でした。
(誤)〒274-0804市川市大野・・(正)〒272-0804市川市南大野・・2007年1月22日 (月) 17時46分
幹事 同窓会の出欠のハガキが寄られています。20日の時点で出席の返事をいただいているのは次の方々です。(敬称略)酒井先生、浅野、池田勝彦、出羽、加茂野、福井、傍士、松居、それに幹事3人です。頂いたハガキに書かれていたメッセージのいくつかを紹介させて頂きます。

山口「山梨県北杜市長坂町に転居しました。八ヶ岳南麓で里山暮らしの日々です」

浅子(池田)茂子「幹事の皆様ありがとうございます。私は日々、ひまで、ぶらぶら、ごろごろしています。1/26から半月、主人とイタリアへ旅に出ます。行けなくて残念。次の同窓会をとても楽しみにしています。では皆様によろしく。」

片岡「当日他用があり残念ながら参加できません。盛会をお祈りします。私は元気で第二の人生を楽しんでいます。皆さんによろしくお伝え下さい」

河井「oukou9のホームページ拝見しました。熱のこもったカキコミを読み感心しました。二年前から月2回ギター教室に通っています。2月10日は運悪く、その発表会で同窓会に参加できません。娘二人が次々に結婚し、末の息子が就職して、現在は夫婦二人だけの生活です。京都へ来られたら立ち寄って下さい。みなさんにヨロシク!」

多田「追高同窓会の案内、楽しく拝見しました。城をバックでの記念写真は当時を思い出しました。同窓会の出席の件ですが、社業の事情により出席できないことをお許し願います。遠く故郷を離れておりますと、同窓会は楽しみにしておりましたが、残念です。次回同窓会を心待ちにしております。同期の皆様のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。」

西村「出席の葉書を投函したばかりなのに、すいません、海外(英国)からの急の客で東京に出張しなくてはならなくなりました。申し訳ない、出席出来なくて残念です。」2007年1月20日 (土) 17時15分
倉田維晴 山崎君の連絡先がわかりました 福井君が連絡を取ってくれて、山崎君からメールをいただき、コンタクトできました。早速案内をお送りします。新住所は、富田林市藤沢台です。2007年1月16日 (火) 21時29分
倉田維晴 杉原雄先生の近況 追高で数学を教わった杉原先生を皆さんも覚えておられると思います。先生は京大の理学部出身で追高の先生をされた後は、神戸大の教官になられました。その頃に結婚され、その披露宴に私や中野君、河井君らが参列させて頂きました。今は退官されて滋賀県の東近江市にお住まいです。昨年私の授業での文集などをお送りしたとき、丁寧なご返事をいただきました。その中に先生の近況として「小生、一昨年秋,胆管ガンの手術を受け、それからの復帰に努めている状況です。庭仕事・気功・ジョギングなどで一年半生きましたのでもう大丈夫と思います。追手門で出会った生きの良い諸君らと痛飲する機会があったらどんなに愉快か、と思ったりしています。」とありました。私は杉原先生と出会って、この人のようになりたいと思って、物理を目指した次第です。2007年1月14日 (日) 19時26分
幹事明けましておめでとうございます。世界が平和になり、人同士のつながりがより豊になるように祈りたいと思います。2月の同窓会まで後1ヶ月になりました。案内の文書と出欠を伺うハガキをお手元に送る準備をしています。来週の初めに届くと思いますので、ご返事を1月31日までに投函下さるようにお願いします。2007年1月11日 (木) 22時36分
池田勝彦(良弘) 久しぶりです。皆様と同様に私も、お蔭様で波乱万丈の人生の64年目を迎えさせていただきました、つい10日ほど前に。追高を出てから今日まで、思えばいろいろなことがありました。その多くの部分は夢多きものでありました。それまでの余りにも刹那的な日々の延長でなかったことを、折にふれ思い起こしては幸せに感じております。さてこの度は、幹事の皆様のご尽力で待望のクラス会、ありがとう。楽しみにしております。みんな万難を排して出席されたし。どうせ暇と金をもてあましていると思うけどーーー。2006年12月29日 (金) 23時09分
平 鋼治   「定年後の生活」 会社生活を止めて早や2年半。58才まで役員をしていた会社は実態的に解体され煽りを受けて企業年金も解散、消滅した。従って、生計は厚生年金が中心になった。定年後の自由は得たが、同時に不自由も得た。そういうなかで以降の生活のテーマをどうするか? 旅行もいい、思索のための時間は充分あるから積年のテーマである平和論にも自分なりの決着をつけたい、出来れば本にもしたい、もうひとつ、ゴルフは上手くなりたい。ということで、金のかかる世間との付き合いや、ゴルフコースへ出かけるのは、なるべく減らしているが、ゴルフの練習は、余り金もかからないので、下手ながら熱心です。
 メモ魔でないが練習に出かけると必ず玉数をパソコンに記録。2004年は、途中からもあって12000発であったが2005年は47000発、今年は46000発を越えた。来年、45000発なら3年半で都合15万発になる。コースに出ても多打ちの弊が出て決してスコアアップにならないこの2年半でしたが、来年こそは、と思い、今日も練習です。皆さんは如何、お過ごしですか?2006年12月27日 (水) 15時20分
倉田維晴  平さんから頂いたメールを転載させて頂きます 平さんがこの同窓会のホームページに自分の意見をきっちりと述べて頂いたことで、私たちが生きているこの時代が歴史の大転換点にあることを証言して頂いたと思っています。ありがとうございます。また議論が広まるように書き込みをして下さい。

「倉田さん
 折角、大変な労力をもって立ち上げられたHPにそぐわない話題を持ち込み大変失礼しました。元少年Aが誰か知りませんが彼の揶揄も多分こういうことであろうと思います。
ただ、防衛庁が防衛省に昇格し、その前には、教育基本法も改正されてます。国民には、選択肢を示すことなくひたすら再軍備し主権国家の強化を図る方向に動いています。
余程、皆がしっかりした理念を持たないと悲劇の二の舞になります。ひとたび、法律が改悪されれば、旧に戻れないでしょう。時間は余りありません。されど、やはり拙速は良くない。
いずれにしても、この問題は、貴兄作成のホームページには、そぐわないことですので本件の書き込みは、爾後、遠慮します。ご迷惑をかけ申し訳ありませんでした、そして、ありがとうございました。
今後とも、貴兄のご活躍を祈ります。」2006年12月26日 (火) 22時13分
平 鋼治   倉田さんへ 先に、“平さんは正しい理念が実現していない事をなぜだと思いますか。それはその理念の正しさを大勢の人が認識しないからではありません。・・・・それは、軍隊がなければ安心できない人たち、軍隊で利益をうけている人たちが巨大勢力で存在するからです。”と結論されたがやはり、違うでしょう。正しい理念をもたず、考えず、しかも正論に対して馬鹿呼ばわりする頼りない人たちが大勢いる、というのが元少年Aを名乗る人の証言とも言える。この元少年A、現在老人Aが、軍需産業の関係者であれば、貴兄仰るとおりですが、多分、普通の人でないのですか?まあ、彼の正論を待つべきですが。多分、ない! 
 それとも、こんな堅苦しい話を同窓会のホームページでするな!というご批判であればそのとおりと思います。前に、別メールで倉田さんに申し訳ないことをしたと謝った次第ですがつい、調子に乗りました。深く反省します。2006年12月26日 (火) 18時22分
平 鋼治   元少年Bさんに 応援演説ありがとうございます。 元少年Aさんに 
 世界平和を、地球環境、枯渇する石化エネルギーを論ずるに資格がいるんですか?初めて聞きました。ゴルフ好きですよ。下手ですけどね。ゴルフしながらも、どうしたらこの世の中良くなるんや?と考えてますのや。広々としたところで考えるといい考えが出てきますよ。貴兄のように、高校生の頃、こんなませた話はしてない罰かもしれませんけどね。Bさんのいうように、貴兄の考えを開陳願えませんか?「人類の歴史は、戦争の歴史であった」ということでもよろしいと思いますが。もっと難しい話は、いただいたメッセージでは、無理と思いますので。それに、長いあいだ待たせて、トイレ?と思ったんですか、文章は、見事に起承転結してますよ。何を待ってるんですか?意見なしで読解不足は困りますよ。2006年12月26日 (火) 16時42分
元少年B  元少年Aさんへ ボクも口はさましてもらっていいかな。君には平君をそんなにいう資格ないと思うよ。平君の論理は、現在の各国がとっている主権国家主義の限界を衝いている。脳天に一撃の言や。20世紀だけでも1億人が死んだという「人類の歴史は戦争の歴史である」愚かな歴史に終止符を打つためにはどうすればいいのかの提案をしている。まだ、世間を知らない高校生がこんな話をするか?君は、そんなに賢くて早熟だったんかいな。名前も知らない、名前も名乗らない無礼者と思うよ。ブッシュにもプーチンにも期待できない、と平君は言うとるのに、末尾の揶揄は、無礼の二重唱ですね。批判をするならA君、君のアイデアを示してあげたらどうですか?アホが賢人を批判する図式は、外野席ながら、甚だ嘆かわしいというより少し腹が立ちまっせ。2006年12月26日 (火) 16時20分
元少年A トイレにしては長過ぎるし、続きを待ちきれへんので口を挟ましてもろてもよろしいかな。
平さんは長生きしまっせ。
・・世界の平和を達成するためには、各国家は、武装解除せねばならない、・・・「国際武装解除軍」云々、こういう話は高校時代を思い出しながら同窓会で楽しくやりましょう。なつかしいですなー。まだ世間を知らんかった高校生の頃こういう話をしてましたな。3次会は平さんのおごりで新地で語らい飲み明かしたいですな。
 しかし「枯渇する地球資源、劣化する地球環境を保全、保護する」という問題一つをとってもゴルフをする人にしゃべる資格はないんと違いまっか。いや、平さんのことやおまへんで。
せっかくいい本を書きはったんやから、ブッシュやプーチンに送ったげたらどうでっか。喜ばれますよ。2006年12月26日 (火) 14時42分
平 鋼治   エピソード 20世紀最大の物理学者アインシュタインは、成人してから本をほとんど読まなかった、という。アインシュタインの論文は、先人の引用、批判が少なく本質だけを簡潔に表現した、従って、その論文は、どれも短い。「真理は単純」「新理論の建設に余計な情報は不要」が信念であったと聞く。而して、驚くほど長い、晩年の統一場理論は、やはり失敗作であったらしい(小生、物理の門徒でないので違ってるかも知れない)。
(続く)2006年12月25日 (月) 21時14分
: 平 鋼治 世界各国の、65億の人間の共通の理念を如何にするか?については、私見は、拙著『地球国家論』のすすめ、の冒頭のとおり。そして、憲法を改正すべきか否かの私見は、この理念を取り込んで、憲法前文に高らかに謳う、草案は、拙著121ページから122ページのとおり、憲法9条は、そのままでいい。何故、そのように考えるかは、わが史観(1.ひとつの歴史観、p4~p9のとおり)、靖国参拝の問題点については、98ページのとおり、ふつうの皆さんの反戦意識の問題点については、95ページのとおり、自衛隊の違憲状態が長らく続いている理由は、55ページのとおり、カント、ヘーゲルの視点では問題の解決にはならない(p126、p127)と思う。
 翻って、世界の平和を達成するためには、各国家は、武装解除せねばならない、この単純さでいいのでないですか。勿論、これによるその後の平和の担保制度や、その検証制度、それに、短時間存在を余儀なくされるであろう「国際武装解除軍」、各国家の拠出金義務制度、国際紛争の調停機関の充実、その他のもろもろの問題等あるが、先ず、この武装解除の理念の徹底を図るしか抜本的解決策は、ない。何度もいうが、その他の国家の武装から生ずる核を含む派生問題は、決して根源問題でない。根源問題を解決できない論理は欠陥であるし、そういうことに全精力を費やし、木を見て森を見ない論理にしては、ならない、と思う。2006年12月25日 (月) 20時27分
平 鋼治 限られた命です。時間も金もない。なら、もっと大胆に発想を変えたらどうですか?少なくとも、100年通じ、少なくとも世界200ケ国に、65億の人間に、地球規模で発展する経済、科学、コンピュータ革命の恩恵を地球規模で拡大する、枯渇する地球資源、劣化する地球環境を保全、保護する、システム、価値観、理念は如何にあるべきか?どうすれば、65億の人間の民意足り得るかを考えるべきでしょう。そして、先ず、「人類の歴史は戦争の歴史である」というフレーズに終止符を打つ理念の確立が大事です。答えは、」視点さえ変えれば簡単です。また、そのような簡単な答えでしか、民族、宗教、文化、国家を超えて共通のものになり得ない。原爆の検証の問題から入るべき問題では決してない。科学者の社会的使命の問題でもない。諸悪の根源は、軍需産業とその利権の擁護なる考えは、極めて皮相的です。 
 依然、究極の「平和」という意味では、理念不足と思っています。評価を定めることは時期尚早です。かかる、理念欠如のなかで、「アメリカとの軍事同盟を破棄して、日本も平和憲法を軸にして北朝鮮を含めてアジアの国々と平和友好条約を結んでいき、東アジア非核地帯・軍縮地帯を作って、アメリカを孤立化させていく方向をとるべき」との戦術は、大事だとは私は思っていません。多分、この結論では、多大の努力をしても、大した世界には、ならないでしょう。 
 知識人、マスコミ、学者と言われる人たちも、依然、主権国家主義、覇権主義、一国主義の理念から脱却できていない(そのような理念のなかでメシを食ってる連中だからですが)。そして、大勢の人は、そんなことも考えない。また、考えないように教育されている。理念欠如以前の人々が殆どです(これこそ、貴兄仰る、何故の答えです)。そして、理念欠如のなかでの論議は、所詮、目くそ、鼻くそ論でしかない。EUの評価は、一国主義を拡大した、という意味では、評価できるが、主権国家主義を放棄したものでない。これが、EU外に敵対して存在するようになるのか(具体的にはアメリカですが)、それとも、EU外を吸収して地球規模になろうとしているのか?また、NATO軍は、EU軍では、ないが、さりとて、EUとしてNATO軍をどういう条件下で廃棄、破棄しようとしているのか、その理念は定かでない。
 問題意識をどこにもってくるかが先ず大事です。原爆投下の是非、科学者の社会的責任の問題は、ボクからすれば根源的な問題ではない。根源的な問題を言葉にするのは、難しいが、分かりやすい言葉でいえば、やはり、「人類の歴史は戦争の歴史である」という過去、現在に終止符を打つには、どうすればいいか?です。ここが、先ず議論されねばならない。核の問題は、この根源的な問題を抜きにして、とりあえず解決せねばならぬ問題では、決してないし、この問題の解決は、軍需産業が存在するからだ、という問題でもない。どうすれば、この愚かな歴史に終止符を打つのかの理念を先ず皆で考える、これしかない。私見は、軍隊保持の権利を認めない国家論、それを担保する社会システム、ボク流にいえば、軍隊なき世界国家連邦と究極は世界国家連邦を担保する『地球国家』ですが。そして、大事なのはそういうまともな議論をする人々をたくさん作る、そういうことを研究する学問をきちんと作る、ということでだと思います。 
 そんな先人、哲人に頼らなくても自分たちで考える方が余程、現実的でないのですか?マルクス、レーニン、カント、ヘーゲルの時代に量子革命も、バイオ、コンピュータ革命もなかった。国家の最大の弱点であったと統帥可能な限定的地勢、通信、意志疎通の問題は、今やない。地球規模で考えられる、考えなくてはならない時代です。だから、古典に拘らないでください。同じ人間じゃないですか?自分で思索したものにもっと自信を持てばいい。なお、根拠は良く知らないし、本件議論の対象でもありませんが、ヘーゲルと同じ時代の人間であるショウペンハウエルはヘーゲルをコテンパンに罵っております。
(終わり)2006年12月25日 (月) 18時28分
平 鋼治 面白い問題提起です。たくさん反論したいが今日はこれからゴルフに出かけます。ご近所ゴルフで今年最後のゴルフです。自論はあらためて。2006年12月25日 (月) 06時53分
倉田維晴  軍隊放棄の戦略と戦術 平さんは正しい理念が実現していない事をなぜだと思いますか。それはその理念の正しさを大勢の人が認識しないからではありません。
 ドイツの哲学者のヘーゲルが「この世で存在するものは、すべて合理的だ」とテーゼを挙げ、その時代の専制君主が大喜びしたという話がありますが、ヘーゲルは存在するものは正しいと言った訳ではありません。存在するものは、正しかろうと不正であろうと、存在を後押しする人たちがおり、その諸勢力の力関係で存在理由があって存在するという認識論です。軍隊は貴兄が具体的に分析されておられるように、軍隊がなければ安心できない人たち、軍隊で利益をうけている人たちが巨大勢力で存在するからです。その人たちがどういう人たちかを分析するとこの時代がきちっと分析できると思います。この勢力の連中が、軍隊廃棄に口では賛成しても、そう簡単には手放さないと思いませんか。
 それを実現するための、戦術というか当面の緊急の目標を決めてそれに全力で取り組んで行くしかありません。私はその緊急の目標を2つ、一つは核兵器を廃絶すること、もう一つは日本の戦争放棄の平和政策の柱である憲法を変えさせないことと思っています。
 ヨーロッパでは前二回の大戦が市場争奪戦だったという反省から、EUという市場統合に動いてるのは、そういう試みだと評価しています。アメリカとの軍事同盟を破棄して、日本も平和憲法を軸にして北朝鮮を含めてアジアの国々と平和友好条約を結んでいき、東アジア非核地帯・軍縮地帯を作って、アメリカを孤立化させていく方向をとるべきだと思います。2006年12月24日 (日) 22時14分
倉田維晴 1995年のニュースステーションの「日本の原爆製造計画」は原爆投下50周年特別番組で、世界的に「原爆投下は正当だったか」という検証の一つとして、日本はアメリカの原爆投下を激しく攻撃しており、一部の日本人は「太平洋戦争では、あんな残虐な兵器を投下されて降伏させられたので日本は被害者である」という戦争観もあります。それを原爆製造の観点で日本はどうだったのかという、非常に大切な検証で「日本も必死で、理化学研究所、東大、京大、阪大、住友金属で開発にかかわっていた」という重い事実です。
 この放送があって、私がずっと暖めてた「原爆に関わった、日米ドイツの科学者の関わりから、科学者の社会的責任を考える」という授業を始めたということです。「太平洋戦争で日本が被害者である」という戦争観を持っている人たちが安倍晋三氏をはじめ憲法改正論者ではないでしょうか。あの大戦で死んだ日本人は原爆で殺された35万人も含めて310万人、対して日本人が殺したアジアの人たちは2000万人と言われています。あの戦争の実像を政府が隠し回り、南京事件でも強制連行・従軍慰安婦問題でもねつ造していることで、靖国問題など混乱が深まっていますね。2006年12月24日 (日) 21時21分
平 鋼治   原爆製造・半世紀第?集(理系の高校3年生はこう考える) 読みました。少し勇気をもらい、少しがっかりした。反核、反戦を論ずるのであれば、主権国家主義、一国主義、軍備の解除、破棄の請求権を含む軍隊の是非が先ず論議されねばならない。軍隊を肯定し、一国主義に拘るのであれば、如何なる議論も目くそ、鼻くそ論でしかない。勿論、民主主義(多数決で執行権を付与する主義)は、尊重しますが、勝負の前に、先ず、真善美が問われなければならない。そして、そのKEY WORDは、人類の幸福の希求を実現し、担保する社会制度、システムって何なんだ?ということを真面目に議論すべきだし、決して、この問題を他人の思考回路に委ねることのないよう、劇場型政治にせず、自らが思考し結論すべきです。 
 そして、現代科学と経済の発展、コンピュータ、通信手段の革命を得て、また、今日、地球環境が劣化し地球大のプランで環境保護・保全が求められるなかで、人間が英知を発揮し、決断さえすれば、根本的に社会システムを変革できるなかでは、早急に、先ず、各国から軍隊を取り上げ、各国は世界の連邦国家を構成する一地域国家(この段階では、司法、行政、立法権等軍隊を除く全ての国家主権を有する。変革点は、ほんの軍隊の解除だけ)とし、更に、この制度、システムを永久に担保するために、世界国家連邦は、(各国の文化、民族、宗教、経済発展、貧富、格差等を考慮して残る国家の濃淡を考慮しながら)単一の司法、行政、立法、貨幣制度を有する『地球国家』に100年をかけて転換せしめてゆく、そういう構想の是非を議論して欲しいし、是非民意にして欲しい、との思いを強くした次第です。2006年12月24日 (日) 13時39分
平 鋼治   DVD2の「日本の原爆製造計画」 もう10年以上前のニュースステーションであるがボクは放送の内容よりも、こういう番組を取り上げるメディアの姿勢が気になった。報道番組は、時々の時事ニュースを批評も入れず、ありのままに報道するのを第一義とするのでしょうが、この番組は違う。明らかにその時点で半世紀前の日本にも原爆の製造計画が存在した、ことを報じているのだ。明らかに何らの価値判断のうえに報道している。それは、日本の原爆製造能力は列強に比し遜色なかった。知的水準においても遅れはなかった、といいたいのであろうか?誇らしげに?報道する、このメディアは、何を使命感としているのか?と思う。
 司法は、年間5兆円も費消する自衛隊の違憲にもついて全く機能不全だが、それを黙認するメディアの精神構造に繋がるものがある。困ったことである。2006年12月24日 (日) 13時38分
平 鋼治   倉田さんへ 「僕、アホやない人間だ」(社会福祉講演記録&生徒感想文集、第?集)
ほんとうに良い特集ですね。先生の挨拶もいいし、生徒の皆さんの文章も生きている。皆さん、平等と愛情をもって社会を作っておられる姿には頭が下がります。高校生の皆さんの人たちの意見も大人ですね。感心しました。
 福井先生の止揚学園の「止揚」は、「二つのものが一つになって前進していく意味」でAufheben(止揚)には、「ふたつの全く異なったものが激しくぶつかり合ってつぶれ、その中から今までとは違う、新しいひとつの統合体が生まれてくる。そして、それぞれが持っていた力を合わせて前進していく」という意味です、とあります。『地球国家論』でも使っているこの言葉、あらためて教えられました。因みに、国語辞典では、「【止揚】《哲》二つの矛盾した概念(正・反)を、さらに高い段階で調和し統一すること。アウフヘーベン。=揚棄」とある。2006年12月23日 (土) 19時31分
平 鋼治   倉田さんへ 送付いただいたDVD1、DVD2拝見しました。ありがとうございました。映画を見てやはりと思いました。文学者なら、「戦争は国も軍隊をも狂気に導くものだ」というかも知れません。でも、小生は、軍隊と国家主義に翻弄された哀れな物理科学者として見ました。そして、先のフレーズは、「軍隊は国家も人間をも狂気に導く」というべきだし、そして、時代は変われど、また、顕在化していないが、今日も同じようなことが繰り返されている、と思います。こんな過ちに終止符を打つには、国権には、軍隊保持の権利がない、としての民意を全世界に敷衍せしめるしか、ないと思ってます。
 非核兵器ならいいとも思わないし、大量破壊兵器以外は許されるとも思いません。大国の、民主主義とシビリアンコントロールのある軍隊は、いいとも思いません。国家の平和は、一国で自己完結しない以上、全ての国から軍隊を排除すべきと思います。そして、それを担保・保障するシステムは、やはり主権国家主義を否定し、軍隊なき「世界国家連邦」~「地球国家」への視点への切り換えと民意醸成しかないとの思いをいっそう強くした次第です。
 その他、諸資料ありがとうございました。2006年12月23日 (土) 17時49分
西村繁くんからのメッセージ(倉田転記) 西村君からの「なにかいいことありそうなメール」を頂いたので、転載させてもらいます。

「明日から台湾に出かけますので、Merry X’mas。
 来年は、「金の子豚」年だそうです。なんとなく、福福しぃですね。旧暦では、2006年は「双春(サンチュンニョン)」であるうえに、「うるう月」まで重なった38年に一度という大吉な年。結婚するには非常に良い年とされているのです。そのうえ2007年の干支は豚(日本では亥)で、それも60年に一度しか巡ってこないという「金の豚」年。この年に生まれた子どもは金の子豚と呼ばれ、「福星高照(フシンコウチョウ)幸運の星に照らされる」一生幸運に恵まれるといわれています。」2006年12月22日 (金) 11時37分
倉田維晴  平さんへ 私の授業での手作りの生徒作文集「原爆製造半世紀・理系の高校3年生はこう考える」を再印刷できましたので、お送りします。生徒に鑑賞させた1980年制作ギリス映画「オッペンハイマー・原爆を作った男」と1995年ニュースステーション「日本の原爆製造計画」を収録したDVDも同封しました。「軍隊放棄・地球国家論」の材料にしていただけるとうれしいです。
 「地球国家論」のホームページを立ち上げられたらどうでしょうか。多くの人に意見を広めることができます。この同窓会ホームページのように、Yahooで無料で開設できます。
 皆さんもこの会員のページで、自分のお店の宣伝や、自分のご意見を述べて広められませんか。2006年12月21日 (木) 17時41分
倉田維晴 平君の「世界から軍隊を無くして、地球国家を建設しよう」という冊子を送ってもらって読ませてもらいました。大手総合商社の取締役や監査役を退いて、たぶん昔から考えられていただろう後生へのメッセージを必死に訴えられているのに感銘を受けました。
 今も地球上で「自衛」名目などで軍事費が増やされ、軍隊が増強され、戦争や殺戮が行われ、劣化ウラン弾や5億個の地雷などで環境が破壊されているこれまでの人類史を断ち切るには、戦争するためだけに存在する軍隊をなくし、今後100年以内に地球国家を作るという大構想です。戦後の日本もアメリカ軍に命令されて軍隊を持つ以前でも何の問題もなかったし、中南米では軍隊を解体した国も現に存在しているのですから不可能ではありません。皆さんも一読されることを勧めます。世界の現状分析も的確です。2006年12月19日 (火) 08時37分
倉田維晴  山崎公司君の新住所をご存じの方はおられませんか? 皆さんに同窓会の案内を送りましたが、山崎公司君に送ったハガキが返ってきました。旧住所は、河内長野市日東町です。東京都世田谷区の中島(上野)さんへのハガキも返ってきましたが、新住所(多摩市豊ヶ丘)がわかりましたので、連絡が付きました。他に住所が不明な方は、伊東正光君と岡昭君です。
 今年も残すところ2週間ですね。みなさんにとって、今年はどんな年でしたか?平和な温かい世の中になってほしいものです。2006年12月18日 (月) 23時15分
倉田維晴  1990年以前の同窓会の写真を貸して下さい 私が持っている写真を探し回って、見つけた同窓会の写真をホームページにアップしました。アップされていない会の写真をお持ちの方は、是非貸して下さい。とりわけ1990年以前の写真が欲しいです。1991年の学年同窓会のみんなの写真を見ると働き盛りの意気が感じられますね。メールか郵送で送って下さると有り難いです。または井上君の「毎日」に預けて頂くと、取りに行くこともできます。2006年12月5日 (火) 14時05分
倉田維晴  平さんへ ありがとうございます。楽しみにしています。私も授業で、原爆製造に関わった科学者・・米英とドイツと日本の・・のことを3年生の物理の「原子核エネルギー」のところで、科学者の社会的責任として扱いました。アメリカの原爆製造計画の科学者の最高責任者の生き方を描いたイギリス映画「原爆を作った男・・ロバート・オッペンハイマー」を鑑賞させたりした感想文集「理系の高校3年生はこう考える」を核廃絶を願う高校生からのメッセージとして、9年連続で発行してきました。その別冊として、戦後の反核・平和運動の年表も発行しました。もう残部が無くなってしまいましたが、追加印刷しますので印刷できましたら送らせて頂きます。
 原爆はもっとも非人間的なナチス政権下の物理学者たちが、ナチスに非協力を貫いて、原爆製造計画を頓挫させ、もっとも民主的な国と称されていたアメリカで、20万人という科学者の総動員態勢の中で製造され、降伏準備中(アメリカもそれを知っていました)の日本へ投下した、という歴史の大パラドックスの中で生み出されました。2006年12月3日 (日) 20時27分
平 鋼治   倉田さんへ 「人類の歴史は戦争の歴史であった」愚かな過去、現在。20世紀だけでも1億人が軍隊によって殺された悲惨な歴史に終止符を打つための英知とは、何ぞや?を考えたものです。戦争を否定するなら、軍隊を否定せよ、近代兵器の殺戮能力を考えると防衛は、攻撃に同じ。わが国も含め世界の平和と繁栄は、治安、徴税権、財産保護、開発権益等の国家がもつ内的主権は、維持されなければならないが、外的主権である軍隊の保持は、先ず、否定されなければならない。かつ、防衛なる概念は、一国で自己完結しないため、わが国も外の国家、隣国に対し軍隊を解除、破棄せよと強く要求すべきだし、これらを担保する制度とは、軍隊を保持しない世界国家連邦~究極的には地球国家(単一国家)で終結する。そして、これらを後押しするのが、ボーダーレスで発展する経済、科学と地球規模で統一プランを要求する劣化する地球環境、枯渇する石化エネルギーと代替新エネルギーの開発要求、加えて、軍事費で破綻する国家財政であろうと考えてます。いずれにせよ、拙著、是非、お読みいただきたいと思います。ご自宅に明日にでも郵送します。2006年12月3日 (日) 19時37分
倉田維晴  平さんへ 横幕君と井上君の「毎日」に行ったときに、「地球国家論」の本のことを井上君から聞きました。是非読ませて下さい。アインシュタインや湯川秀樹が核兵器の廃絶を願って、国家間の熾烈な競争や領土争いのために戦争が起こるのだから、「世界連邦」を主張されていましたが、私も賛成です。
 「戦争放棄」を中心にした平和理念を世界に率先して広めなくてはならない日本政府なのに、戦争できる「美しい国家体制」を目指して憲法改正をするのはゆるせませんねえ。私は戦争が起こるのは、戦争で金儲けする勢力がのさばっているからだと思います。その典型例がブッシュアメリカですね。日本もそうなりつつあります。2006年12月3日 (日) 18時35分
平 鋼治   倉田さんへ HP立ち上げおめでとうございます。素晴らしいことです。古い写真を見て、へーこれが俺なんだと思うと共に時の経つのが早いものとあらためて思いました。本当に懐かしい。ありがとうございました。
 昨今の出来事としては、『地球国家論』のすすめ、なる小冊子を上梓しました。世界の平和を一国主義で考えるのでなく、地球視点から考えよう、眺めよう、とするものです。井上君には、都合、20冊弱送付させていただいたので、もしかしたら受け取っていただいたかも知れませんが、本人は、割合いと本気です。
 防衛、防衛といい、愛国、愛国といい、軍備し殺戮を行い自然破壊し、国家財政を破綻に追いやる国家を「美しい国」とはとても思えない。改憲の是非を問われる昨今、是非、新しい視点で考え、理念低き一国主義の国家観を是非、排除したいものです。2006年12月3日 (日) 17時57分
倉田維晴 この1週間、このホームページに写真をアップするために、高校時代のクラスメートの人たちの人生の重みをたたえた顔を繰り返しながめていると、卒業してから今までの自分の人生をしみじみと振り返ることになりました。
 私は母子家庭で極貧の少年時代を送っていましたから、入学の時に買ってもらったあの蛇腹の制服を卒業まで着ていましたから、卒業アルバムに写っている制服が小さくなってしまって腕のくるぶしが出ています。それでも母親に新しい学生服を買ってくれ、とねだったことはありません。でもそれは、私だけではなかったようです。
 高校3年生で60年安保闘争に参加し、1960年6月22日の第23次統一行動では大阪の高校生5000人の独自デモが実現し、私がその実行委員長をやったこともありました。大学でも教養時代は自治会の副委員長をやり、その後は、物理に熱中しましたが、大学院の時に全共闘運動が押し寄せてきた時は、傍観者でいられずに、人生をかけて戦うということになりました。どの人間も人間として尊重されるそんな社会を作りたいという思いでした。
 高校時代から、自分は30歳まで生きたらそれでいいと思っていました。それが定年まで働き、孫までできることになって、えらいこっちゃなあ、全く想定外です。
 前の同窓会の時、「自分の人生で、やったことは、したかったこと。しなかったことは、やりたくなかったことだ、と思ってる」と言ったら、ある人から「自分は全くそうではない。ずっと耐えてきたので、これからはしたいことをしなければと思っている」と言われました。そうなんですね。私はやりたいようにしてきたけど、周りの人に犠牲を強いて来たのかも知れないなあ、と思いました。とにかくもうすぐ64歳です。停年で年齢が止まるように錯覚してましたが、歳はとっていくんですね。人が生きる意味は”心豊かな人間関係を作っていくこと”と今は思っています。同窓会もそんな契機になってくれたらいいなあ、と思います。2006年12月2日 (土) 22時59分
平岡(内藤) 昨日帰るとなつかしい写真のついた葉書が届いていました。狭い紙面をうまく使って最大量の情報 倉田さん 葉書づくりも楽しんでやっておられるようで これもケントスのおかげでしょうか。 同窓会のために随分と時間を割いていただいてありがとうございます。
 あの写真は私としてはうれしくないのです。アルバムをみていた二人の娘が「きゃー ママの足見て かっこつけてるー」と大騒ぎ。それ以来“昔のママ”といって二人ならんで速水さんと私のポーズをします。もうすぐ孫娘にも笑われるかもしれません。2006年12月2日
倉田維晴 松居君から前回の同窓会の写真をたくさんメールで送ってもらいました。そこから半数の23枚をアップさせてもらいました。私が持っている1990年の同窓会の写真もアップしましたが、以前の同窓会のいい写真をお持ちの方は、メールなどで送って頂けると、このホームページに載せられますので、よろしくお願いします。面白い話題や、みなさんが毎日をどのように暮らしているか、どんどん書き込んで下さいね。2006年12月1日
倉田維晴 私が「梅田ケントス」の会員になったのは45歳くらいの時で、それまでは、がむしゃらに仕事ばっかりしていました。もう自分の体力も人生も峠を越えて下り坂になろうとしているのに、自分の人生が、一本調子の仕事ばっかりっていうのほ、なんかつまらないなあ・・・、この世に生まれてきたのは、人生をいろいろに享受し楽しむためではないか、と思い出したのがきっかけでした。
 月に1.2回、ガンガンと身体で音楽をきいてると、あいつが気に入らんとか、失敗したことでくよくよしてるのが、どうでもいいように思えてきたり、心を落ち着けてちょっと変わった仕事のアイデアを考えたりする、そんな空間でした。ちょっと面白い雰囲気ですね。2006年11月29日
幹事 会員の皆さんに、お知らせのハガキを送ります 明日11/30(木)の朝、ハガキを投函します。
このホームページに多くの方がアクセスしてくれて、近況を書き込んでくれるのを楽しみにしています。なお、アクセスしてくれている、松居、雪本敏治、西村の3人の方には郵送料の節約のため、送っていません。文面は以下の通りです。

追手門学院高等学部・9期生1組同窓会のお知らせ
 今年も押し迫って来ましたが皆さんいかがお暮らしでしょうか。前回の同窓会幹事の青山・畑埜・芹生(森下)さんから引き継ぎしてから3年以上経ちました。次回の同窓会を以下のように企画しました。街中の天然温泉に入ってその後に会合するという企画です。このハガキは案内の目的だけで、1月10日頃に再度、出欠のご返事を伺う封書をお送りします。なお私たちの同窓会のホームページを立ち上げました。会員ページに近況などを書き込み頂いて交流できるようにしてありますので一度アクセスしてください。
  URL(ホームページのアドレス):  http://sky.geocities.jp/oikou9/
1.開催日時:来年2007(平成19)年2月10日(土)17時~19時30分(連休の前日です)
2.開催場所:JR大阪駅から東へ徒歩5分の中華料理「大東洋」・・同じビル内の天然温泉サウナ「大東洋」に事前または事後に無料で入れます<レディースサウナもあります>
3.会費:9,000円   なおメールアドレスをお持ちの方は連絡をメールすることができますので、倉田までお教え下さい。
   倉田のメールアドレス:kurata@fb3.so-net.ne.jp 
 2006(平成18)年11月30日 幹事:横幕宏治、平岡(内藤)禮子、倉田維晴
                                以上2006年11月29日 (水)
西村 繁 暦にメモしました。えぇ!来年の2月の!!!とも思いますが、きっと即、その日が駆け足でくるでしょう。
なんせ、一日、一日が怖いほど早いですから。2006年11月27日
横幕 倉田 さん
なかなかの ホ-ムペ-ジですな!!!
一昨日に ホ-ムペ-ジを 立ち上げるとのことでしたが 早かったですね。 私も 5年ほど 前に、会社のホ-ムペ-ジを立ち上げたときは 大変でした・・・
同窓会なにからなにまでして頂き まことに 申し訳ございません。
ところで 2次会予定の ライブハウス”梅田ケントス”ですが ポップス生演奏ということで このようなところに行くのは 何十年ぶりで 若返りました。 けっこう年配の方が 踊っているのには 驚きました。
我々の年代は 如何にして 青春を 失わず 若さを保つかが??  このような ”ライブハウス”で 若返るのも いいかも。
ではまた。2006年11月27日
平岡(内藤) 倉田さん,早速とホームページを立ち上げていただきありがとうございました。この欄のおかげで皆さんの近況がよくわかり、うれしいことです。
私は朝7時に主人と出発、晩まで学校、学生の英語をみたり、主人の用事に付き合うという生活がもう五年以上、ゆっくり友達と会いたいと思うのみです。皆さんどしどし書き込みしてください。2006年11月27日
倉田維晴 皆さん、お元気でやっておられますか? 私は週に3日、水・木・金と定年前に働いていた学校(JR尼崎駅と阪神電車杭瀬駅の中間点にあります)で、物理の時間講師として週に8時間働いています。これぐらいの労働量なら、心地よい緊張感があって、毎日の生活にメリハリが効いていい感じです。
 残り4日は散歩したり、マックでインターネットサーフィンしたり、図書館で本を借りて来たり、徒歩5分くらいの所に住んでいる次男のもうすぐ3歳になる孫を遊んだりしてやっています。もっとも、孫の方ではじいちゃんが楽しそうにしているので、逆に遊んでやっていると思っているかも知れませんね。2006年11月27日
雪本敏治です 倉田さん、9期生1組のHPの案内、有難うございました。懐かしい皆さんの消息がこのページを通してわかれば嬉しい限りです。私は現在下記のアドレスにHPを開設しています。機会あれば一度覗いて下さい。
    http://www1.harenet.ne.jp/~ja4wal/2006年11月26日
幹事 やっとホームページができました皆さんの近況や友人の情報を交流できたらいいなあと思います。今、伊東正光君と岡昭君の連絡先が不明です。ご存じの方はメールで教えてください。皆さんへの1回目の案内状は12月初旬に発送予定です。返事を伺う往復ハガキは1月中旬にお送りします。2006年11月26日
幹事 ホームページ開設 にわか勉強でホームページを立ち上げました。Yahooで無料で開設できるサービスがあることを知り、それを利用。広告が入りますがご容赦下さい。ホームページ開設をメール配信。内容は「追高9期生1組同窓会用のホームページが開設できました。順次、内容を整えていきたいと思いますが、とりあえずご案内致しますので、ご覧になって下さい。書き込みをして頂く<会員のページ>も作ってありますのでよろしくお願いします。」
今後の大まかな予定。
12月初旬:全員に第1回案内状を発送(メール配信で連絡できる方には省略予定)
2007年1月10頃:全員に第2回案内・往復ハガキを発送
1月31日(水)頃:返事を集約、参加者数掌握、大東洋に報告
2月9日(金)18時:大東洋に最終参加者数報告2006年11月26日 (日)
幹事 「大東洋」に会場予約 横幕、倉田で17時30分に「大東洋」ビル入り口で落ち合い会場予約。支配人寥さん、主任竹内さんと会う。会場確保。
1.日時:2007年2月10日(土)17時~19時30分(30分までの延長はサービスする)
2.税込み費用:8000円で飲み放題(乾杯から2時間、瓶ビール、紹興酒、日本酒、焼酎、ワイン、中国果実酒、ソフトドリンクなど)
3.サウナへの入場方法:一度9階の中華料理受付へ各自で行き、「追高9期生1組同窓会」のパーティ参加者であることを告げると入場券をもらえる。男性は5階。女性は地下1階のサウナへ行く。(サウナは12時から自由に入れるが、会食の前か後かどちらかに。タオルやバスタオル石けんなどは用意されている)
4.参加人数の第1回報告は1週間前、最終人数は前日。
5.1テーブルは8人程度、マイクを用意してもらう。

この後、2次会候補の、ライブハウス「梅田ケントス」へ下見。後日、横幕君より報告予定。
3ステージを楽しんだ後、再度、井上君の「毎日」訪問。井上夫妻の仲睦まじい写真を撮るが、デジタルカメラの記録メディアの不具合で撮影失敗。2006年11月24日 (金)
幹事 最終の企画案を決定して再度メール配信 松居・西村君からメールでアドバイスを受け、「毎日」で3人で話し合った内容を平岡さんに見てもらい、3人の幹事で最終の案を決めました。
メール配信したのは次のような内容です。

「3人で次のような話になりました。
1)開催曜日は、まだ仕事を持っている人は土曜の方が気分的にいいだろう。関東から来る人も、同窓会と関西旅行や里帰りを兼ねてできるように2月の連休11日(日)12日(月、建国記念の日の振り換え休日)に連なる2月10日(土)がいいだろう。
2)「大東洋」のサウナに入る人は15時頃集合(サウナは12時から営業)、会合開始は17時から。(宴会時間は2時間程度とされてるが延長を交渉したらどうか)
3)料理は飲み放題で7000円、8000円、1万円があるが、みんなもう歳で余り食べないから7000円のコースでいいという意見もありましたが、やはり値段は品質だから8000円コースにしたらどうか。会費は連絡費・写真代などを入れて9000円にしよう。(前回からの繰越金は3,659円あります)
4)終了後の2次会はカラオケはよくあるが、今回は新企画で、オールディーズのライブハウスの「ケントス」(阪急梅田駅茶屋口改札口近くのDDハウス横にある。やや難点はミュージックチャージが2000円かかるので、一人4000円位すること。参加者で別会計にする。)はどうか。プレスリー、コニーフランシス、ポールアンカなどの1960年代のポップスの生演奏で、ゴーゴーダンスを踊ってもよい、なかなか楽しい店です。
5)その次の同窓会は、井上夫婦が青山夫婦らとよく六甲山へバーベキューパーティーに行っているということなので、同窓会の企画としてもいっぺんやったらどうか。
この案でメール連絡できる人たちにお知らせして、意見を聞いてその上で最終決定して、会場予約しようと思います。あなたのご意見を聞かせて下さい。なお同窓会用にホームページを立ち上げようと今勉強中です。」2006年11月11日 (土)
幹事 井上君の営む居酒屋「毎日」で幹事打ち合わせ JR大阪駅東側のガード下にある井上君の営む居酒屋「毎日」で横幕、倉田で打ち合わせ。5時30分に店内で落ち合い、井上君を交えて最終原案を検討。お客さんとも楽しい話になり、10時30頃まで痛飲。翌日は二日酔い。2006年11月10日 (金)
幹事 第1次同窓会企画案を作ってメール配信 メールでアドレスのわかっている8人の方に次のようなメールを送りました。

「今、次回会合を次のように企画していますが、最終決定する前にメールなどで連絡をとれる方に事前にご都合やご意見を聞いた方がいいと思いメールを送らせて頂きます。今考えているのは次のような内容です。
どこか温泉にでも1泊旅行して会合をできればいいのですが、それはそう簡単にはできないので、街中ですが初めに天然温泉に入ってその後に会合するという企画です。
開催時期:来年の1月下旬~3月上旬の土曜か日曜日の午後(会場は日曜の方が取りやすいとのこと)
開催場所:大阪駅から東へ徒歩5分の中華料理「大東洋」(7000円以上の宴会なら天然温泉サウナ・大東洋<レディースサウナもあります>に事前に無料で入れます。サウナだけなら入るのに一人2,000円するそうです)
会費:1万円以内
開催時期などであなたの意見を聞かせて下さい。」2006年11月7日 ~9日
幹事 松居君にクラスの人のメールアドレスを教えてもらう 松居君に次のようなメールを送って依頼しました。

「ご無沙汰しています。3年前の追高9期生1組の同窓会の際は写真をありがとうございました。次回の幹事が私と横幕君と内藤(平岡)さんで遅ればせながら企画を始めているのですが、日程などを決定する前にメールをお持ちの人に事前に意見を聞けたらいいと考えました。そこで松居君が写真をメール配信した時に掌握したクラスの人のメールアドレスを教えてくれませんか。写真を配信してもらったときにその方たちのメールアドレスも記述してもらっていただいたのですが、そのメールをコンピュータを換えたときに間違って消してしまいました。今私が知っているのは、松居、稲田、藤原、横幕、清川(西崎)の5名です。(出欠の返事の時にメールアドレスも書いてもらおうと思います。またホームページも開設したらどうかと思っています。)」

松居君もコンピュータを3回ほど取り替えてすぐには見つからなかったようですが、2日後に
 「 念のため古いパソコンを調べたところ、次の8人のアドレスが出てきました。(アドレスを変えている方もおられるかも知れません。)」として、青山、浅子(池田)茂子、傍士、平岡(内藤)、西村の5人の方のメールアドレスが新たにわかりました。

 早速メールを送りましたが、稲田、西崎、浅子、傍士の4人の方はアドレスが変わっていてメールが帰ってきました。その後、雪本敏治、加茂野君のアドレスがわかりました。2006年11月7日 (火)
幹事 大阪梅田に天然温泉がある・・大東洋 私が時折、昔の教師仲間と気楽な飲み会をするときに、第1次集合としてサウナ「大東洋」の入口で待ち合わせして入浴して、その2時間後に第2次集合として、阪神電車梅田駅改札口に集まるというようなことをしていました。何人集まるかわからないので、前もって会場を決めずに、集まった人の顔ぶれをみて料理内容や店を決める訳です。同窓会もこのように第1次集合、第2次集合にしてみたらどうか、と思ったときに、「大東洋」は、もともと中華料理店なのでココで会食したらいい。ひょっとしてサウナへの入場料を割引してもらえるかもしれないと気付きました。そして「大東洋」にパンフレットをもらいに行くと、一人7000円以上の会食なら、通常2000円のサウナ料金は無料になることがわかりました。女性専用サウナも併設されてるし、よっしゃ!、これで行こうということにしました。2006年10月
幹事 同窓会の企画を始める 前回2003(平成15)年4月5日(土)に開催されてから3年以上経ちました。青山・畑埜・森下さんから幹事を引き継ぎましたが、企画が遅れてしまい申し訳なく思っていました。多くの方が現役引退され、どこか温泉にでもゆっくり1泊旅行して会合をできればいいのですが、それはそう簡単にはできないので、街中の天然温泉・・そうスーパー銭湯・・みたいなところで身体を休めてからその近くの料亭で会食するのほどうだろうか、費用は1万円以内ではどうか、ということで会場を探し始めました。私が今も講師で通う学校の近く、JR尼崎駅から徒歩5分にある「尼湯ハウス」ではその中で会食できるというので、ここもいいなあと思っていた次第です。2006年8月